セルロースという素材の広がりと、その使われ方
Date 2026.05.01
私たちは、パルプを原料とした不織布の設計や用途開発に携わるチームです。
日々の仕事の中で、紙や不織布といった材料としてのパルプに向き合いながら、
その性質や使われ方について考えています。
その一方で、パルプを扱う仕事を続ける中で、セルロースという素材そのものに目が向かうようになります。
紙、不織布、樹脂、燃料、添加材。
同じセルロースに由来していても、目の前にあるものは毎回同じではありません。
分解されて原料となるセルロースもあれば、繊維として形を保ったまま材料になっている場合もあります。
また、他の材料の中で、性質の一部を担っている姿もあります。
こうした例を並べて見ていくと、セルロースは、一つの素材として語るには収まりきらない素材だと言えます。
この記事では、そうした違いを、具体的な例を通して、視点を分けて見ていきます。
▼この記事の構成
1. セルロースという素材の捉え方
2. セルロース利用の広がりと具体例
2-1. 原料として使われるセルロース
2-2. 形をつくり直して使われるセルロース
2-3. 他の材料の中で働くセルロース
2-4. 繊維の形で使われるセルロース
3. 繊維として使われるセルロース
3-1. 紙という代表的な使われ方
3-2. 繊維を残したまま現れる別の形
4. まとめ
1. セルロースという素材の捉え方
セルロースは、分子構造として見れば一つの成分です。
しかし、材料として見る視点が変わると、セルロースという言葉が指しているものは一つではなくなります。
セルロースを分子としてとらえた場合、注目されるのは、反応や変換といった化学的な性質です。
セルロースを繊維としてとらえた場合、繊維の長さや形、表面の性状が材料の評価軸になります。
セルロースをいったん溶かして作り直す場合、最終的に得られる材料の形や性質が評価の対象になります。
セルロースを構造体としてとらえた場合、繊維同士の重なり方や空隙の残り方が、材料の評価軸になります。
このように、セルロースは化学成分として同一であるかどうかだけでは区別できません。
分子としてとらえるのか、繊維としてとらえるのか、構造体としてとらえるのかによって、見ている指標や設計の考え方が変わります。
2. セルロース利用の広がりと具体例
ここからは、こうした違いが具体的な材料や製品の中でどのように現れているかを見ていきます。
2-1. 原料として使われるセルロース
セルロースは分解され、糖に変換されて糖液やアルコールの形になります。
この糖液やアルコールは、燃料や基礎化学品の原料として使われています。
木材由来セルロースを原料にした持続可能な航空燃料(SAF)も、その一つです。
【事例】
木材由来セルロースから得られる糖液やアルコールは、持続可能な航空燃料(SAF)の
原料として具体的に検討されています。
国際的な制度では、SAFによる温室効果ガス削減効果として、少なくとも10%以上の削減が要件とされています。
こうした制度の枠組みとは別に、航空燃料の原料として、どの資源を用いるかと
いう検討も進められています。
現在利用が進んでいるSAF原料の一部は、穀物などを原料としたものです。
一方、食料用途と競合しない原料として、木材や農業残渣など、国内各地で得られる
セルロース系バイオマスを使う検討が進んでいます。
ただし、セルロース系原料を用いたSAFでは、経済性が課題とされています。
資料上では、セルロース由来原料を含むSAFの価格が、従来のジェット燃料よりも高いと示されています。
こうした状況を踏まえ、日本国内でも、木質バイオマスを原料としたSAFに関する実証や検証が進められています。
公的機関が関与する実証事業では、セルロース由来原料を用いて製造したSAFを、通常のジェット燃料と混合し、
実際の航空機飛行による検証が行われました。
また、木材由来セルロースを分解して得られるアルコールを原料とし、SAFへの転換を前提とした検討も進められています。
未利用木材などの国内資源を活用し、将来の商用供給を見据えた取り組みです。
国内の例として、王子ホールディングスでは、鳥取県米子市の拠点において、木質由来糖液および木質由来エタノールの
実証生産を行っています。
これらは、航空燃料原料としての利用を想定した取り組みです。
このように、セルロース由来の糖液やエタノールは、航空燃料の原料として、すでに実用の段階に入りつつあります。
セルロースは、燃料の原料として使われています。

2-2. 形をつくり直して使われるセルロース
セルロースを一度溶かして使う場合、元の繊維構造はいったん失われます。
その後、セルロースは繊維や樹脂など、別の形として作り直された状態で材料になります。
この使い方では、最終的にどの形で材料になるかが、そのまま材料の呼び名や用途につながります。
繊維として使われる場合もあれば、樹脂として成形され、部材やフィルムになる場合もあります。
【事例】
木材由来セルロースから得られた糖を原料に、ポリ乳酸(PLA)をはじめとするバイオプラスチックが作られています。
PLAは、糖を原料として合成されたポリマーで、ペレットやフィルムの形に加工され、さまざまな用途に用いられています。
食品・飲料分野では、これまで、PE、PP、PAなどの石油系樹脂が、容器、フィルム、不織布用途で使われてきました。
ティーバッグのフィルター、飲料カップや紙コップ内側のラミネート、食品トレーや簡易包装用フィルムなどが、その具体例です。
いずれも使用後に廃棄される用途です。
こうした部材の一部で、セルロース由来のPLAが採用されています。
王子ホールディングスが開発したポリ乳酸フィルムは、飲料メーカーのティーバッグ製品に用いられました。
この製品では、ティーバッグのフィルター部分に、ポリ乳酸樹脂を原料としたフィルムが使われています。
ここで使われているセルロースは、繊維の形を残したものではなく、一度分解され、糖を経て合成されたPLAとして、
薄いフィルムに成形されています。
セルロース由来PLAは、フィルム用途に加えて、電気機器の筐体や外装部材にも使われています。
携帯電話や家電製品の筐体では、これまでABSやポリカーボネートなどの石油系樹脂が一般的でした。
近年では、その一部でPLAを含むバイオプラスチックが採用される例も見られます。
セルロースを原料として得られたPLAは、射出成形用の樹脂として加工され、筐体部材になります。
この用途で用いられるPLAは、成形用樹脂としての姿です。
耐熱性や強度が求められる部材として、日常的に触れる部分に使われています。
電気機器の筐体は、長期間使用され、外観や触感も選定条件になります。
その部材に、セルロース由来のPLAが採用されつつあります。
セルロース由来PLAは、フィルムや筐体部材の用途に加えて、楽器や農業資材など、使用環境の異なる分野でも利用されています。
セルロースは、樹脂として形をつくり直され、製品の材料になっています。

2-3. 他の材料の中で働くセルロース
セルロースをナノサイズまで細かくすると、一本一本の繊維は肉眼では識別できなくなります。
セルロースナノファイバー(CNF)は、木材パルプなどを原料とするセルロースを、ナノサイズまで解繊した状態の材料です。
CNFでは、セルロースは繊維の形を保ったまま、多数の微細な繊維として分散した状態にあります。

【事例】
セルロースナノファイバー(CNF)は、単体で形を作る材料ではありません。
多くの場合、樹脂や液体材料の中に配合され、増粘や補強といった材料の性質に関わる形で用いられます。
塗料や化粧品では、液体中に分散した状態で存在し、粘度や流れ方、成分の安定性に影響を与えています。
樹脂やゴムに加えられる場合には、微細な繊維の状態で含まれ、部材の強度や剛性に関わる要素になります。
こうした使われ方の中で、材料構成の中での役割が分かりやすい例として、卓球ラケットがあります。
卓球ラケットは、木材合板を基本とした層構造を持っています。
その層の中には、セルロースナノファイバーをシート状に加工した材料が挟み込まれています。
ここで用いられているCNFは、ラケットの構成材の中心ではありません。
木材の層構成の一部として組み込まれ、ラケット全体の剛性や反発挙動に影響を与えています。
この用途では、リン酸エステル化法で製造された透明なCNFシートが使われています。
木材のしなりや振動に由来する打球時の感触を大きく変えることなく、ラケット全体の剛性や反発特性に影響を与えています。
同様の考え方は、ほかの分野にも広がっています。
CNFは紙に加えられ、破れにくさや表面強度に関わる形で利用されています。
段ボールでは、強度を維持したままの薄肉化が検討対象です。
また、スピーカーの振動板では、剛性に関わる材料として構成の中に組み込まれ、音の再現性に影響する要素になります。
食品包装分野でも、ガスバリア性を持つフィルムや紙材料への応用を目指し、開発が進められています。
このように、セルロースナノファイバーは、単独で形を持つ繊維材料ではなく、他の材料に組み込まれた状態で使われています。
セルロース繊維をナノサイズまで解繊すると、一本一本が非常に細くなり、表面積が大きくなります。
そのため、材料中に少量加えただけでも、周囲の材料と接している部分が多い状態になります。
このように、セルロースナノファイバーは、単体の材料としてではなく、他の材料の中に組み込まれた状態で、その機能を発揮しています。
2-4. 繊維の形で使われるセルロース
ここまで見てきたセルロースは、いずれも繊維の姿を前提にしたものではありませんでした。
一方、繊維そのものとして使われるセルロースの代表的な例がパルプです。
紙の分野では、繊維が集まった状態を保ったパルプを原料として用いています。
当社の不織布も、抄紙技術を起点に生まれており、主原料はパルプです。
つまり、セルロースは、繊維の形のまま製品の材料になっています。

こうして並べてみると、同じセルロースであっても、繊維としてとらえるのか、構造の一部としてとらえるのかによって、材料としての見え方は変わります。
次章では、繊維としての形を前提にしたセルロースについて、具体的に見ていきます。
3. 繊維として使われるセルロース
ここからは、繊維の形を残したまま使われるセルロースに目を向けます。
セルロースが繊維として使われるとき、その姿は一つではありません。
同じパルプを原料にしていても、紙になる場合と、不織布になる場合では、繊維をどう集めるのかはもちろん、シートとしての構造も異なります。

3-1. 紙という代表的な使われ方
紙は、パルプを原料にした代表的な使われ方です。
パルプ繊維を水中で分散させ、脱水と圧搾、乾燥を経て、繊維同士を密に接触させる構造でシートが成立します。
3-2. 繊維を残したまま現れる別の形
繊維としての形を残したセルロースは、紙だけに限られません。
繊維を残したまま使う例として、不織布があります。
乾式パルプ不織布(エアレイド不織布)では、パルプ繊維としてのセルロースがそのまま用いられ、
繊維同士の接触の仕方や空隙構造を保ちながら、シートが成立します。

一方、レーヨン不織布(スパンレース不織布)もセルロース由来ですが、パルプとは材料としての成り立ちが異なります。
セルロースをいったん溶解し、再生した繊維を用いる点が、大きな違いです。
繊維の形を残すのか、溶かして作り直すのかによって、シートとしての構造は大きく変わります。
その結果として、パルプ、紙、乾式パルプ不織布、レーヨン不織布といった異なる材料の形が生まれています。
4. まとめ
セルロースという素材を見てきて、あらためて感じるのは、一つのとらえ方だけで語れるものではない、という点です。
分子としてとらえられ、原料として使われる場合もあれば、溶かして形をつくり直し、別の材料として使われる場合もあります。
他の材料の中に組み込まれ、機能の一部を担うこともあれば、繊維の形を保ったまま、構造として使われることもあります。
いずれも、出発点は同じセルロースですが、とらえ方によって、見ている指標や設計の考え方は大きく変わります。
一つの素材名の中に、これだけ異なる役割と姿が並んでいる。
そのこと自体が、セルロースという素材の特性をよく表しているように思います。
セルロースは、材料として向き合うたびに、その面白さの幅をあらためて意識させられる素材だと感じます。
乾式パルプ不織布についてもっと詳しく知りたい方はこちらからご確認ください。
エアレイド不織布について
参考資料:
・経済産業省「(参考資料)紙パルプ産業の現状と課題」(2024年12月)
・経済産業省「次世代バイオエタノールの研究開発の状況」(2017年12月)
・NEDO「炭素循環社会に貢献するセルロースナノファイバー関連技術開発」
・産業技術総合研究所「セルロースナノファイバーの安全性評価書-2025-」
・日本製紙連合会「紙の基礎知識|繊維をまんべんなく広げる」
・日本化学繊維協会「化学繊維ができるまで」
・一般財団法人ボーケン品質評価機構「再生繊維について」